昭和57年10月19日 朝の御理解 二代
御理解 第59節
「習うたことを忘れて、もどしても、師匠がどれだけ得をしたということはない。覚えておって出世をし、あの人のおかげでこれだけ出世したと言えば、それで師匠も喜ぶ。おかげを落としては、神は喜ばぬ、おかげを受けてくれれば、神も喜び、金光大神も喜び、氏子も喜びじゃ。
何時もの事ながらこの御理解は驚くんですけども、本当にわざとらしいですね、昨日私が最後に締め括った言葉がこれなんです、59節。開けさして頂いたらあのうこの御理解でした。本当にわざとらしいんですけども、まぁ本当に私としては身震いするような感動を感じておるわけです。お互い習うた事を忘れてまぁ本当に勿体ない、なろうたことを覚えておって出世をしと言う所まで、お互いどうでも頂きたいものだと思うんです。私このう出世という字を改めて見させて頂いておったら、世を出ると書いてるね。
世を出る。お互いまぁ言うならば常識世界から、観念の世界から本当にひと次元抜けた世界に、どうでも合楽の人は住んでもらわなけりゃいけないと言う事じゃないかと思うんです。お互い本気でもう一辺確認してみてください。合楽理念が本当に私達のものに成っておるか、本当に合楽理念で今日も一日生活さして頂こうと言う気での、精進がなせれ手おるかと言う事、と言う事はいよいよ成り行きを本気で尊んでおるか。心行に取り組んでおるかと言う事です。
そこにはそれと同時に間違いのない、天地のリズムを聴き続けておるかと言う事です。例えば私など、昨日一日振り返ってみると、本当にあのうそれこそ、リズムに乗りに乗り通し、これが本当にこういう毎日であるならば、本当にあのう疲れる事も無いだろう、本当に自分であぁしようこうしようと、言う気を起こさんでいない、と言う思いがする訳ですけども。
今朝ほどから親先生その控え室まで出て見えたらしいんですけども、どうしても体がきついと言うか、きついのは当然なんですね。今それこそまぁそこにトイレに行くのですらあのう許されない状態にある中で、やっぱり毎朝毎朝あぁやって1時間半からの御祈念をなされるんですけども。今日はどうもやっぱりそれが耐え難かったんでしょう、すぐ下がられたそうなんですけども。
まぁ一つ今日はもう御理解というより、本当にこの御理解をもう一辺聞いて頂きたい。習うたことを忘れて戻しても、師匠はどれだけ得をしたと言うことはない、覚えておって出世をし、あの人のおかげでこれだけ出世したと言えばそれで師匠も喜び、おかげを落としては神は喜ばぬ、おかげを受けてくれれば神も喜び、金光大神も喜び氏子もの喜びじゃ。どうぞ習うた事をひとつしっかりおぼ終えて下さい。
どうぞおかげを頂いて下さい。